ルーツをスクロールする世代:SNSが変えた、若い日系アメリカ人の「日本」との距離感
Photo: U.S. Air Force photo by Airman 1st Class David S. Calcote, Public domain, via Wikimedia Commons
@kimono_in_la というTikTokアカウントを知っているだろうか。ロサンゼルス在住の23歳、マヤ・ヤマモトさんが運営するこのアカウントは、フォロワー数がすでに15万人を超えている。彼女が投稿するのは、着物を現代的なスタイリングで着こなす動画。帯を街着のコーディネートに取り入れたり、ヴィンテージの浴衣をデニムジャケットと合わせたり——日本でも見かけないようなスタイルが、Z世代を中心に熱い支持を集めている。
マヤさんは日系三世。日本語はほとんど話せないが、祖母のタンスに眠っていた着物と出会ったことが、自分のルーツへの関心に火をつけた。「最初はただきれいだなと思って着てみたんです。でも調べていくうちに、その布一枚一枚に歴史があることを知って、すごく引き込まれた」
スマートフォンが「先生」になる時代
マヤさんのような若い日系アメリカ人が急増している。彼らに共通しているのは、日本文化との接点がリアルな場(コミュニティセンター、日本語学校、家族の語り)ではなく、SNSやYouTubeであるという点だ。
サンフランシスコ在住の大学生、ケン・タナカさん(21歳)は、Duolingoで日本語を学びながら、TikTokで見つけた茶道の動画に魅了され、地元の茶道教室に通い始めた。「日本語がわからなくても、動画を見ていたら所作の美しさが伝わってきた。字幕なしでも感じるものがあった」
かつて日系コミュニティへの入口は、親や祖父母、あるいは地域の日系人会だった。しかし今、若い世代はアルゴリズムによってレコメンドされたコンテンツを通じて、自分のペースで、自分の興味に引っ張られる形で文化と出会っている。その体験は、より個人的で、より自由で、ときにより深い没入感をもたらす。
「正しい日本文化」をめぐる世代間のすれ違い
しかしこの動きが、既存の日系コミュニティと完全に調和しているかというと、話はそう単純ではない。
日系一世・二世の世代からは、「表面的な部分だけを切り取っている」「文化の本質を理解していない」という懸念の声も聞こえてくる。着物を「ファッションアイテム」として消費することへの違和感、日本語を「トレンド」として学ぶことへの複雑な思い——長年コミュニティを支えてきた世代にとって、SNS経由の文化受容は時に軽さを感じさせるものらしい。
ニューヨークの日系人コミュニティで長く活動してきる60代の女性はこう語る。「私たちの世代は、日系であることで差別を受けた歴史もある。文化を守ることは、サバイバルの意味もあった。今の若い子たちがSNSで楽しんでいる姿は、嬉しい反面、少し羨ましくもあり、もどかしくもある」
一方、マヤさんはこう返す。「私は誰かに『正しい日本人』であることを証明したいわけじゃない。自分の中にある部分を探りたいだけ。それってそんなにいけないことなのかな」
アイデンティティは「なじみ直す」もの
社会学者たちはこの現象を「エスニック・リバイバル(民族的再覚醒)」と呼ぶことがある。移民二世・三世の世代が、同化圧力を経てある程度安定した社会的地位を得た後、自分たちのルーツに改めて向き合おうとする動き——これは日系に限らず、多くの移民コミュニティで見られる現象だ。
ただ今回の波が過去と異なるのは、SNSという増幅装置が存在する点だ。個人の探求がコンテンツとして発信され、同じような感覚を持つ人たちとオンラインでつながり、コミュニティが形成される。地理的に離れていても、ハッシュタグ一つで「仲間」を見つけられる。
シカゴ在住のライター、アリサ・ナカムラさん(28歳)は、Instagramで日本語学習の記録を発信しながら、同じ「ルーツを探している」日系アメリカ人たちとつながった。「DM越しに知り合った人たちと、実際にオフ会をするようになった。SNSが入口で、リアルなコミュニティができていった」
「巡り」の感覚——ルーツは戻ってくる
巡りという言葉が持つ「循環」のイメージは、この世代の文化体験にも重なる。一度は薄れかけた日系のアイデンティティが、デジタルの海を経由して、新しい形で若い世代のもとに戻ってくる。
その「戻り方」が、祖父母世代が想像したものと違っていたとしても、それは必ずしも劣化ではない。着物をストリートファッションに取り入れることも、TikTokで茶道の所作を学ぶことも、その人なりの「接触」の試みだ。
大切なのは、その接触が次の問いへとつながるかどうか、かもしれない。着物の美しさに気づいた若者が、次に染めの技法に興味を持ち、やがて職人文化へと関心を広げていく——そういうスパイラルが生まれたとき、SNS経由の文化体験は、表面的な消費を超えた何かになる。
世代を超えた対話はまだぎこちなく、すれ違いも多い。でもその摩擦の中にこそ、日系アメリカ人コミュニティが次の章を書くためのエネルギーが宿っているのかもしれない。
マヤさんのTikTokには今日も新しいコメントが届く。「私も祖母の着物を着てみたくなった」——そんな一言が、誰かの「巡り」の始まりになっている。