巡り / Meguri All articles
カルチャー

春夏秋冬、アメリカを追いかける:四季を肌で感じる「移動する暮らし」のすすめ

巡り / Meguri
春夏秋冬、アメリカを追いかける:四季を肌で感じる「移動する暮らし」のすすめ

Photo: Gwen Bausmith/USFWS, Public domain, via Wikimedia Commons

アメリカに暮らしていると、ふとした瞬間に「あ、季節が薄い」と感じることがある。カリフォルニアの冬はほとんど雨季で、テキサスの秋は「気温が少し下がった夏」みたいな顔をしている。日本で育った感覚からすると、どこかもの足りない。

でも、考えてみれば当然だ。アメリカは広い。日本列島がすっぽり収まるような州がいくつもある国で、四季を「一か所」に求めるのがそもそも無理な話なのかもしれない。

そこで、発想を逆にした人たちがいる。

「季節の方へ、自分が動けばいい」

桜を追って、東から西へ

ワシントンD.C.の桜は有名だ。毎年3月末から4月初旬にかけて、ポトマック川沿いのソメイヨシノが咲き誇る。日本人観光客だけでなく、在米日本人にとっても一種の「里帰り体験」になっている場所だ。

でも、桜前線はD.C.だけで終わらない。

テネシー州のナッシュビル近郊、ジョージア州のメーコン(「桜の都」を自称するほど桜の木が多い)、そしてシアトルのワシントン大学構内——咲く時期はそれぞれ違うが、追いかければ桜シーズンを1か月以上楽しめる。

シカゴ在住の田中奈緒さん(仮名・38歳)は、ここ3年間、毎春「桜ロードトリップ」を実行している。

「最初はD.C.に行って、帰りにノースカロライナに寄って、翌週はシカゴの公園で……って感じで、気づいたら1か月ずっと桜を見ていました(笑)。日本みたいに『花見の季節』がぱっと来てぱっと終わる感じじゃないけど、それはそれで、自分でスケジュールを組む楽しさがある」

春を「点」で体験するのではなく、「線」として旅する。それが彼女の言う「桜を追う暮らし」だ。

夏の終わりに、高地へ逃げる

8月のフェニックスやラスベガスは、正直なところ「夏を楽しむ」というより「夏をやり過ごす」場所に近い。気温が連日43℃を超え、外に出ることすら躊躇する。

そんな時期に、標高の高い場所へ移動する人たちがいる。コロラド州のアスペン周辺や、ニューメキシコのタオス。標高2,000〜3,000メートルの高地では、真夏でも朝晩は肌寒く、昼間でも木陰に入れば涼しい。

ロサンゼルスを拠点にするデザイナーの松本健一さん(仮名・44歳)は、毎年7月後半から8月にかけて、コロラドの山小屋を借りてリモートワークをする。

「日本の夏みたいに、ちゃんと暑くて、でも夕立が来て、虫の声がして——そういう夏の質感って、LAにいるとなかなか味わえない。山に行くと、なんか体が『夏だ』って思い出す感じがするんですよね」

リモートワークの普及が、こういう「季節を求める移動」を現実的なものにした。仕事さえできれば、どこにいてもいい。その自由を、季節を感じるために使う——それはとてもシンプルで、豊かな選択だと思う。

秋はニューイングランドへ、あるいはスモーキー山脈へ

紅葉といえば、ニューイングランド。バーモント州、ニューハンプシャー州、メイン州——10月になると、これらの州の森が赤と黄色と橙に染まる。その光景は、日本の山の紅葉とは少し違う色合いだけれど、「秋の深さ」という点では引けを取らない。

ただ、ニューイングランドはアメリカの東端。西海岸や中部に住んでいる人には、ちょっと遠い。

そういう人には、テネシーとノースカロライナにまたがるグレートスモーキーマウンテンズ国立公園がある。アパラチア山脈の深い森が、10月から11月にかけて燃えるように色づく。観光地化されすぎていないエリアも多く、静かに紅葉を楽しむことができる。

さらに西であれば、コロラドのアスペンの黄葉(白樺に似たアスペンの木が一斉に金色になる)も、また別格の美しさだ。9月中旬から10月初旬が見頃で、ロッキー山脈の稜線と黄金色の森のコントラストは、思わず息をのむ。

ニュージャージー在住の吉田真由子さん(仮名・51歚)は、毎年秋に「紅葉スタンプラリー」と称して複数の州を巡る。

「バーモントのメープルシロップの赤、スモーキーのオーク系の茶色、アスペンの黄色——それぞれ全然違う秋なんですよ。日本の紅葉も場所によって違うじゃないですか、京都と日光みたいに。アメリカも同じで、全部回ろうと思ったら一生かかる(笑)」

冬は「雪を選ぶ」という贅沢

日本では、冬に雪が降るかどうかは「どこに住んでいるか」でほぼ決まる。でもアメリカでは、「雪のある場所へ行く」という選択ができる。

ユタ州のパークシティやソルトレイクシティ近郊のスキーリゾートは、「世界最高の雪質」を誇る。サンフランシスコやLAからでも、飛行機で2時間もあれば雪景色の中に立てる。

雪を「観る」だけでなく、「触れる」「歩く」ために移動する——それだけで、冬という季節が全く違う顔を見せる。

「雪の中を歩いて、息が白くなって、足元がきゅっと鳴る。そういう体験が、日本の冬の記憶とつながってる気がして」と話すのは、ヒューストン在住の伊藤裕二さん(仮名・35歳)。テキサスでは雪はほぼ降らない。だから彼は毎冬、コロラドかユタへ「雪を取りに行く」という。

季節を旅することは、自分を取り戻すこと

アメリカという広大な土地に暮らしながら、日本の季節感を失わないために——「巡る」という行為は、単なる旅行ではなく、ある種の文化的な自己ケアなのかもしれない。

春の桜、夏の山の涼しさ、秋の紅葉、冬の雪。それぞれを「その場所に行かなければ感じられないもの」として、意識的にスケジュールに組み込む。そうすることで、季節の移ろいを体で感じ続けることができる。

日本にいれば「自然に」巡ってくる四季を、アメリカでは「自分から巡りに行く」。

それはちょっと面倒くさいことのようで、実はとても豊かな時間の使い方だと、この記事を書きながら思った。

次の季節、あなたはどこへ「巡り」に行きますか?

All Articles

Related Articles

根を張らない自由:アメリカ大陸を「住みながら旅する」日本人たちの新しい地図

根を張らない自由:アメリカ大陸を「住みながら旅する」日本人たちの新しい地図

湯に浸かれば、町が変わる:アメリカの小さな田舎町に芽吹く「湯治」という生き方

湯に浸かれば、町が変わる:アメリカの小さな田舎町に芽吹く「湯治」という生き方

石と苔と静寂と:アメリカの庭に「禅」が宿りはじめた理由

石と苔と静寂と:アメリカの庭に「禅」が宿りはじめた理由