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10年目のアメリカ:「ここが家だ」と気づいた日、そして迷い続ける日

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10年目のアメリカ:「ここが家だ」と気づいた日、そして迷い続ける日

Photo: Derek A. from Akishima, Japan, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

渡米してから10年という節目は、不思議な重さを持つ。

ビザの更新にも慣れ、確定申告も自分でこなせるようになり、英語で冗談も言えるようになった。でも毎年、年末が近づくたびに、ふと「自分はどこに向かっているんだろう」という問いが浮かぶ——そんな人が、アメリカ中にいる。

今回は、渡米から10年前後を迎えた3人の日本人に話を聞いた。それぞれ違う選択をした彼らが語ってくれたのは、アメリカンドリームの光と影でも、移民の苦労話でもなく、もっと静かで、もっとリアルな「迷い」だった。


ロサンゼルス、34歳。「帰らなかった理由」を、初めて言語化した

ケイコさん(仮名)は、29歳のときにビジネスビザでLAに来た。当時は「3年くらい働いて、経験を積んで帰るつもり」だったという。

「でも気づいたら彼氏ができて、結婚して、子どもが生まれて。気づいたら10年でした」

彼女が最初に「帰国しない」と決めたのは、娘が生まれた直後だったと話す。産後、義両親と同居しなくていいこと、育児のスタイルを自分たちで決められること——日本の「こうあるべき」から自由でいられる感覚が、思った以上に心地よかった。

「日本に帰ったら、また『嫁』になるんだなって。それが怖かったというか、もう戻れない気がしていた」

とはいえ、LAでの生活が楽だったわけではない。物価の高騰、医療費の不安、英語での子育て。日本語を話せる友人は少なく、孤独を感じることも多かった。それでも彼女は「ここにいる」と選んだ。

「アメリカが完璧だとは思っていない。でも、ここでの自分の方が、少しだけ自由な気がする。それだけで十分なのかもしれない」


シアトル、41歳。10年目に「帰る」を選んだエンジニア

タクヤさん(仮名)は、テック企業でソフトウェアエンジニアとして働いてきた。グリーンカードも取得し、収入も安定していた。それでも昨年、家族と一緒に東京に戻ることを決めた。

「会社の同僚には驚かれました。なんで今さら、って」

彼が帰国を考え始めたのは、父親が体調を崩したことがきっかけだった。飛行機で12時間離れた場所にいることの「遠さ」が、急にリアルに感じられるようになった。

「親が元気なうちは、距離は気にならなかった。でも弱っていくのを見ていると、何かあったときにすぐ行けない自分が怖くなった」

シアトルでの生活には未練もある。広い家、豊かな自然、多様なコミュニティ。でも彼は言う。「アメリカで手に入れたものは、自分の中に残る。場所を変えても、自分は変わらない」と。

帰国後の生活については、まだ手探りだという。日本の職場文化に戸惑う部分もあるし、子どもが日本の学校に馴染めるかも心配だ。それでも「後悔はしていない」と、穏やかな表情で話してくれた。


ニューヨーク、38歳。「どちらにも属さない」を選んだフリーランサー

アヤコさん(仮名)は、デザイナーとしてNYと東京を行き来している。年の半分をブルックリンで、残りを東京・渋谷近辺で過ごすという二拠点生活を始めて、もうすぐ3年になる。

「最初は、どっちつかずで不安定な気がしていた。でも今は、これが一番自分に合っているって思ってる」

彼女がこのスタイルに落ち着いたのは、コロナ禍がきっかけだった。リモートワークが広まり、「どこにいても仕事ができる」という現実が見えてきた。同時に、NYにずっといることへの閉塞感と、東京に完全に戻ることへの抵抗感が重なった。

「日本にいると、なんか窮屈になる。でもNYにいると、たまに日本が恋しくてたまらなくなる。だったら、両方にいればいいじゃないって」

もちろん、課題はある。税務申告は複雑で、健康保険の管理も面倒だ。「どこに住んでいるの?」と聞かれたとき、答えに詰まることもある。でも彼女は、その「定義しにくさ」をむしろ楽しんでいるようだった。

「アイデンティティって、一つじゃなくていいと思う。私はNYの自分も好きだし、東京の自分も好き。どっちかを捨てなくていい」


「巡り」の中にある、答えのない問い

3人の話を聞いて、共通していたのは「正解を探していない」という姿勢だった。帰国した人も、残った人も、行き来する人も——誰も「これが正しかった」とは言わなかった。

アメリカで10年を過ごすということは、単に「慣れる」ことではない。慣れながらも、ずっと何かを問い続けることだ。どこが自分の場所か。何を大切にして生きるのか。誰のために、どこで生きるのか。

その問いに、完璧な答えはない。でも、問い続けることそのものが、移民として生きることの豊かさなのかもしれない。

巡り(Meguri)というサイト名には、「めぐる」という動詞が含まれている。季節が巡るように、人生も巡る。一つの場所に留まることも、動き続けることも、どちらも「巡り」の一部だ。

10年目を迎えたあなたは今、どんな問いの中にいますか。


この記事は、在米日本人コミュニティへの取材をもとに構成しています。プライバシー保護のため、登場人物の名前・一部の詳細は変更しています。

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