「好き」が日本語を教えてくれた:推し活が変えるアメリカの補習校の風景
Photo: Rexdanato, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
「推しの歌詞が読みたくて」
カリフォルニア州サンノゼに住む14歳のエミリー・チェンは、もともと日本語補習校が好きではなかった。毎週土曜日の朝、眠い目をこすりながら教室に向かうのは、両親に言われたからというのが正直なところだった。
そんな彼女の態度が変わったのは、あるJ-POPグループにハマったのがきっかけだ。「歌詞の意味が分かるようになりたくて、急に勉強が楽しくなった」と彼女は言う。「推しがインスタのストーリーに日本語でコメントを返してくれたとき、ちゃんと読めた瞬間、泣きそうになった」。
エミリーのような生徒は、今やアメリカ各地の日本語補習校で珍しくない。アニメ、アイドル、声優——いわゆる「推し活」を入口に日本語と向き合う子どもたちが増えており、その現象が補習校の教育現場を少しずつ変えはじめている。
教室に持ち込まれる「熱量」
テキサス州ダラスで10年以上、補習校の教壇に立つ山田恵子さん(仮名)は、ここ数年で生徒の「日本語への入り口」が大きく変わったと実感している。
「以前は『親に言われたから来ている』という子がほとんどでした。でも最近は、自分から積極的に質問してくる生徒が増えた。きっかけを聞くと、だいたいアニメかアイドルなんです」
山田さんは3年前から、授業の一部に生徒が「推し」に関連するテキストを持ち込める時間を設けている。好きなアニメのセリフを書き取ったり、アイドルのインタビュー記事を一緒に読んだり。最初は「遊びになってしまうのでは」という不安もあったが、結果は予想以上だった。
「推しの話になると、語彙力が全然違う。普通の教科書では絶対に出てこないような単語を、すでに知っていたりする。その子たちの熱量を、どう授業に活かすかを考えるのが最近の私のテーマです」
ファンダムと文法の意外な相性
言語学習の観点からも、この現象には注目が集まっている。シカゴ大学で日本語教育を研究するある研究者は、「感情的な動機づけは、言語習得において非常に強力なエンジンになる」と話す。
推し活に熱中する生徒は、ファンコミュニティの中で自然と読み書きの練習を重ねている。推しについて語るX(旧Twitter)の投稿を読むために、ひらがなを覚える。好きなアーティストのライブレポを書くために、語彙を調べる。こうした「使う必然性」が、学習のスピードを上げるというのだ。
「教科書の練習問題を10回解くより、推しへのファンレターを1通書くほうが、実は身につくことが多い」——これは山田さんがよく生徒に言う言葉だという。
現場の試行錯誤
もちろん、推し活の導入がすべての生徒に効果的かというと、そうとも限らない。ニュージャージー州の補習校で教えるベテラン教師の中村さんは、慎重な立場だ。
「推しの話題で盛り上がるのはいいけれど、文法の基礎がおろそかになってはいけない。バランスが難しい」と彼女は言う。「特に、アニメや歌詞の日本語には、日常会話では使わない表現や古い言い回しも多い。それをそのまま覚えてしまうと、実際の会話で違和感が出ることもある」
こうした課題に対応するため、一部の補習校では「推しテキスト」を使いながら、標準的な日本語との比較をセットで教える工夫も始まっている。たとえば、アニメのセリフと同じ意味の日常表現を並べて紹介するといった形だ。
「推し」が架け橋になる日
ロサンゼルス在住の16歳、タイラー・ナカムラは日系三世だ。祖父母は日本語を話せるが、彼自身はずっと「日本語は難しくて自分には無理」と思っていた。それが変わったのは、あるアニメ作品にのめり込んでから。
「キャラクターが好きすぎて、原作の漫画を日本語で読みたくなった。最初は全然読めなかったけど、半年でかなり読めるようになった」とタイラーは笑う。「補習校でも、前より全然楽しい。先生が推しの話を否定しないから、学校に来るのが嫌じゃなくなった」
タイラーにとって、日本語は今や「祖父母と話すための言語」でもあり、「推しの世界に近づくための鍵」でもある。その二つが重なり合ったとき、言語学習はもはや義務ではなく、自分のためのものになった。
補習校の「これから」
日本語補習校の役割は、これまで「日本語・日本文化の継承」に重きが置かれてきた。しかし推し活世代の子どもたちが教室に増えるにつれ、その定義は少しずつ広がりつつあるようだ。
継承語としての日本語だけでなく、「好きなものに近づくための日本語」という動機も、正当な学びの入口として受け入れていこうという空気が、現場の教育者の間にも生まれてきている。
山田さんはこう締めくくる。「子どもたちが何かを好きになる気持ちは、本当に強い。その力を借りない手はない。補習校が、推しと日本語が出会う場所になれたら、それはすごく豊かなことだと思うんです」
推しへの「好き」が、言語の扉を開く。アメリカの日本語補習校では今日も、教科書の外からやってきた熱量が、静かに教室を変え続けている。