曲順が人間関係を語る:アメリカのカラオケボックスは、なぜ「言葉の中間地帯」なのか
Photo: karaoke room friends singing microphone night neon, via thumbs.dreamstime.com
金曜の夜9時、カリフォルニア州サンガブリエル・バレーにある日系カラオケボックス。廊下を歩くだけで、隣の部屋から聞こえる曲が変わっていく。演歌、ボカロ、80年代のアイドルソング、そして途中から英語のポップス。フロントの曲リストの申込用紙には、日本語の文字とローマ字、そして「Y.M.C.A.」のような英語曲が、同じ紙の上で静かに共存している。
この店、30年前は純粋に日本人移民のための場所だった。だが最近は、客層が大きく変わっている。
「喉を癒す場所」から「出会う場所」へ
オーナーの佐藤さん(仮名)は1990年にこの店を開いた。「当時のお客さんは、工場やレストランで働く日本人ばかり。日曜の夜に一時間だけ来て、演歌を歌って、泣いて、帰る。それが商売でした」
転機は2010年代後半。アニメとJ-POPの世界的な流行で、日本語を学ぶ学生や日本の音楽ファンが、カラオケボックスを自分たちの遊び場として発見したのだ。
「最初は日本人のお客さんが戸惑っていました。でもね、今では逆なんです。日本人の若い子たちが、英語のうまいアメリカ人の友達を連れてくる。この店は今、一番国際色が豊かな場所ですよ」
カタコトで歌う、カタコトで笑う
土曜夜の部屋をのぞかせてもらった。日本語を学ぶ2年目の大学生が『前前前世』に挑戦している。速すぎて半分は空耳だが、部屋の中の日本人たちは手を打って盛り上げる。次の曲は日系二世のおばさんが選んだ『上を向いて歩こう』。するとアメリカ人の学生が「これ知ってる!スシソングでしょ」と叫び、部屋が沸く。
面白いのは、言葉の使い分けだ。会話は英語が主だが、歌うときは日本語、褒めるときは「うまい!」、謝るときは「ごめんごめん」——場面ごとに言語がスイッチされる。言語学者ではないが、ここは明らかに「言葉の中間地帯」だ。どちらの言語でも完璧である必要がなく、どちらにも属しきらなくていい。カラオケボックスは、その緩衝帯として機能している。
曲順を読むと、その部屋が見える
この取材で一番の発見は、フロントで働くという人の言葉だった。「申込用紙の曲順を読むだけで、その部屋の人間関係がわかるんです」
- 最初に年長者が演歌を歌う部屋は、日本語学校や会社の仲間。上下関係がはっきりしている。
- アニメソングが続く部屋は、初対面同士か、オタク仲間。「推し」の曲で会話が始まる。
- 英語曲と日本語曲が交互に来る部屋は、日米混合の友人グループ。互いの言語を「貸し借り」している状態。
- 誰も曲を出さずおしゃべりだけの部屋は、一番古い仲間。歌わなくても居られる場所になっている。
つまりカラオケの曲順は、そのまま部屋の社会地図なのだ。誰が最初にマイクを握り、誰が最後に譲るか——それがそのまま力関係と親密度を示す。日本の飲み会文化の縮図が、ロサンゼルス郊外のボックスの中で無意識に再現されている。
マイクは、言葉の壁より薄い
日本語を学ぶ学生の一人はこう言う。「授業では『です・ます』ばかり練習するけど、カラオケでは完璧じゃなくていい。歌詞が読めなくても、みんなが知ってる曲なら、一緒に歌える」
一方、日本側の客も「英語の曲を歌って、発音を笑ってもらうのが逆に気持ちいい」という。言葉の不完全さを、笑いと拍手で受け止め合う。これは普通の会話では得がたい体験だ。
移民の歴史を振り返ると、カラオケボックスは常に「故郷の声を出していい場所」だった。だが今、その場所が「互いの言葉を練習する場所」にもなっている。故郷を懐かしむ空間が、新しい言葉に出会う空間に重なっている——これがアメリカのカラオケボックスの、いちばん新しい姿かもしれない。
初めての人への、小さな案内
日系カラオケボックスに初めて行くなら、こんな感じで。
- スナックとカラオケボックスは違う。ボックスは個室制で、ドリンクや軽食を注文できる店が多い。チップの文化も店によりさまざま、事前確認を。
- 曲の探し方は自由。リモートコンのタブレットに日本語・ローマ字・英語の検索が並んでいる。読めなくても、曲名の頭文字で探せる。
- 最初の一曲は「みんなが知ってるやつ」を。『上を向いて歩こう』や定番アニソンは、万国共通の入り口だ。
深夜0時、店を出ると、ロビーで次の客たちが待っていた。日本語と英語が入り混じる挨拶。マイクを渡すか、渡されるか。アメリカの夜に、言葉の中間地帯は今日も営業中だ。