お雑煮、それともターキー?:二つの正月のはざまで家族が見つけた答え
Photo: Nesnad, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons
12月28日、我が家のダイニングテーブルでは例年、小さな会議が開かれる。議題はひとつ。「今年の大晦日と元旦、どうする?」
クリスマスの翌日から年越しの準備を始めるのは、アメリカでは少し不思議な光景かもしれない。ツリーはまだリビングに立っていて、街はまだホリデーシーズン真っ只中。その中で、私は蔵出しの鏡餅用の皿を探し、子どもたちは「今年の除夜の鐘はどこで聞くの?」と聞いてくる。
お雑煮問題
在米日本人家庭の多くを悩ませるのが、雑煮の存在だ。元旦に雑煮を食べる——これは単なる食習慣ではなく、一年の始まりの儀式そのものだ。でも、学校は通常通り始まり、配偶者の実家では新年の食卓にローストビーフが並ぶ。
うちの解決法は「元旦は雑煮、元旦の夕食はアメリカ式」という二部構成だ。最初のうちは折衷案に見えたが、数年続くうちに、これが我が家独自の形になった。子どもたちは「お雑煮のあとはローストビーフ」という流れを、当たり前の正月として受け止めている。
仮初めの鐘、それでも本物の年越し
年越しについては、ここ数年で新しい選択肢が増えた。お寺が主催する除夜の鐘つき体験イベントは、全米各地で定番になりつつある。108回の鐘を参拝者でつなぐもので、 日本にいた頃はテレビの音で聞き流していた鐘の音を、自分の手でつくる。これが意外と深い。
参加者は日本人家庭だけではない。近所のアメリカ人家族も毎年来る。「New Year's resolutionの前に、悪いものを鐘と一緒に手放すんだね」と友達は言う。カウントダウン花火とは違う、静かな年越しのかたちとして、彼らも気に入っているそうだ。
受け継がせる、ではなく一緒につくる
振り返れば、最初の頃の私は「日本の正月をそのまま再現すること」にこだわりすぎていた。御節は手作り、初詣は写真撮影、書き初めまで強制した。結果、子どもたちにとって正月は「ママが忙しい日」になってしまった。
変わったのは、子どもが自分から「お雑煮のお餅、焼きのやつがいい」と言い出した年のことだ。受け継がせるだけの文化は、重荷になりやすい。でも、一緒につくる文化は、彼ら自身のものになる。
ハイブリッドな正月を、恥じない
元旦の朝、テレビにはローズパレードが流れ、その横で白味噌の雑煮が湯気を立てる。この光景を、かつては「どちらにも寄りきれていない」と少し気にしていた。
でも今は思う。文化の継承とは、博物館の展示を守ることではなく、その年の家族の形に合わせて、生き物のように形を変えながら受け渡していくことだ。うちの正月は日本のものでもアメリカのものでもない。うちのものだ。それでいい、とようやく思えるようになった。
来年も12月28日に、我が家の小さな会議が開かれる。議題は同じでも、答えは少しずつ進化していくのだろう。