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丸いプレートが家族をつなぐ:たこ焼きパーティーが生む、世代を超えた会話

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丸いプレートが家族をつなぐ:たこ焼きパーティーが生む、世代を超えた会話

Photo: Utagawa Yoshikazu, CC0, via Wikimedia Commons

「焼けた?まだ?」——その一言が、会話の入り口になる

カリフォルニア州サンノゼに住む山本ケビンさん(17歳)は、両親と日本語でまともに話したのがいつだったか、しばらく思い出せなかったと言う。父は大阪出身のエンジニア、母は神戸生まれ。ケビンさん自身はアメリカで生まれ、学校でも友人関係もすべて英語が中心だ。「親と話すのって、なんか緊張するんですよね。言葉もそうだし、何を話せばいいかわからなくて」。

そんな彼の家に変化が起きたのは、去年の秋。母親がたこ焼き器を取り出してきた日のことだ。「最初は正直、面倒くさいなって思ってたんです。でも、鉄板の前に立ったら、なんか自然に話しかけてて」。タコを入れるタイミング、ひっくり返すコツ、青のりをかけすぎた失敗談——そういう他愛もないやりとりが、気づけば1時間以上続いていた。

「何かをする」という共同作業が、壁を下げる

これは山本家だけの話ではない。アメリカ各地の日系家庭で、似たような経験が積み重なっている。シアトルのコミュニティグループで活動する田中ゆかりさんは、「たこ焼きパーティー」を家族向けのワークショップとして定期開催し始めた一人だ。

「食事って、向き合って食べるじゃないですか。でもたこ焼きは、並んで一緒に作る。その違いが大きいと思うんです」と彼女は話す。向かい合うのではなく、同じ方向を向いて手を動かす——その姿勢の違いが、心理的なハードルを下げるのかもしれない。

心理学の分野では、「並行活動(side-by-side activity)」が会話を促進するという研究がある。特に思春期の子どもは、直接的なアイコンタクトよりも、何かに一緒に取り組んでいる状況のほうが本音を話しやすいとされている。たこ焼き器の前でへらを握りながら交わす言葉は、ダイニングテーブルで「最近どう?」と聞かれるよりも、ずっと気楽なのだ。

日本語じゃなくても、「日本らしさ」は伝わる

興味深いのは、こうした場面で必ずしも日本語が使われているわけではないという点だ。多くの家庭では、子どもたちは英語で、親は日本語で話す——いわゆる「ミックスコミュニケーション」が自然と成立している。

ロサンゼルスに住む鈴木エミリーさん(14歳)は、日本語はほとんど話せないが、母親のたこ焼きの作り方はほぼ完璧に覚えた。「レシピは英語で書いてもらったけど、コツは見て覚えた感じ。言葉じゃなくて、手で教えてもらった気がする」。

言語の壁を超えて伝わるものがある、という感覚は、こうした食の体験の中で特に強く現れる。出汁の香り、ソースの甘さ、生地のふわとろ感——それらは説明なしに「ああ、これが日本なんだ」という感覚を呼び起こす。親世代が言葉で伝えられなかった「故郷の感触」が、食を通じて子どもたちのなかに静かに根付いていく。

アメリカで「たこ焼き文化」が広がる理由

実際、たこ焼き器はここ数年でアメリカの日系スーパーやオンラインショップでの売れ行きが伸びているという。日本食専門の輸入雑貨を扱うシカゴのショップオーナー、森田けんじさんによれば、「コロナ禍でおうち時間が増えてから、たこ焼き器の問い合わせが一気に増えた。特に、子どもと一緒に使いたいという親御さんが多かった」とのこと。

YouTubeやInstagramでも、在米日本人や日系アメリカ人によるたこ焼き動画は根強い人気を誇る。作り方を見せながら家族の会話を映したコンテンツには、「うちもやってみた」「子どもが喜んだ」といったコメントが並ぶ。一つのプレートが、画面越しにコミュニティをつないでいる。

「日本らしさ」の再定義は、食卓から始まる

アメリカで暮らす日系家庭にとって、「日本らしさ」をどう継承するかは長年の課題だ。言語教育、文化行事への参加、補習校——さまざまな試みが続けられてきた。でも、たこ焼きパーティーが示しているのは、もっとシンプルな可能性かもしれない。

特別なイベントでも、義務感でもなく、ただ「おいしいものを一緒に作りたい」という気持ちから始まる時間。その中で、親は子どもの好みを知り、子どもは親の記憶に触れる。世代も言語も超えて、丸いたこ焼きが食卓の真ん中でころころと転がる——その光景に、「日本らしさ」の新しい形が宿っている気がする。

山本ケビンさんは最近、自分でたこ焼きを作って友達に振る舞ったという。「みんな初めて食べたって言って、めちゃくちゃ喜んでくれた。なんか、誇らしかった」。その誇りは、鉄板の前で父と母から受け取ったものだ。

巡り巡って、食は人をつなぐ。

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